悩みや不安を何気なく話しているうちに「自分で進むべき道が見えた」「ポジティヴな感情が芽生えた」という経験はないでしょうか?
誰かに的確なアドバイスを受けたり問題点を指摘されたりするよりも、自分の頭で考えて見つけた答えの方が納得感を得られやすいものです。
同じような経験のある方は、ひょっとすると「ナラティヴ・アプローチの効果」である可能性があります。
「ナラティヴ・アプローチ」は従来の心理療法とは異なる考えをもとにした新しい手法で、「医療」「臨床心理」「介護」だけではなく、その他ビジネスの場など幅広いジャンルで活用できると期待を集めています。
この記事では「ナラティヴ・アプローチの意味・手法・効果」についてお伝えします。
みなさんに「実践してみたい」と感じてもらえるよう、丁寧に解説していきますので、最後までご覧ください。
結論
結論からお伝えすると、「ナラティヴ・アプローチのもたらす効果」は、下記のとおりです。
- 新たなストーリーを再構築できる
- 価値観や意思が明確になる
- 対話が重視できる
- 周囲を巻き込むるきっかけが生まれる
- 人間関係の活性化に繋がる(ご本人・家族・他職種・その他関係者など)
- 満足感が得られる
- ポジティブになれる
- 心の折り合いがつく
このように「ナラティヴ・アプローチのもたらす効果」には、さまざまなメリットがあげられます。
ナラティヴ・アプローチの意味とは?
ナラティヴ(narrative)とは日本語で「物語・語り」を意味します。
「ナラティヴ・アプローチ」は、クライエント(利用者・患者・家族など)を支援する際に、相手の語る「物語(ナラティヴ)」を通じて解決に導く方法です。
1980年代後半ごろに提唱されはじめ、臨床心理学の領域から生まれました。
現在は「医療」「臨床心理」「介護」「ソーシャルワーク」「司法」の場など、さまざまな分野で取り入れられていますが、実践の領域や研究者によって定義や考え方、具体的な方法も異なります。
特にクライエントの自主的な語りを重視する心理療法を「ナラティヴ・セラピー」と呼び、下記のような問題を抱えた方の治療に用いられています。
物語とは何か?
そもそも「ナラティヴ・アプローチ」における物語(ナラティヴ)とは何でしょうか?
心理療法では「ナラティヴ・アプローチ」が登場する以前より、クライエントの語る言葉に耳を傾けてきました。
ただし、従来の心理療法においてクライエントの言葉に耳を傾ける理由は、あくまでも「クライエント自身の客観的な事実を理解するため」であり、いわゆる情報収集にすぎません。
それに対して「ナラティヴ・アプローチ」においてクライエントの言葉に耳を傾ける理由は、「クライエント自身の主観的な解釈を理解するため」となります。
つまり物語は「クライエント自身の主観的な解釈」と捉えると分かりやすいでしょう。
ただし、クライエントの語る話がすべて事実であるとは限りません。
自分なりの脚色が多く含まれていたり、強く記憶に残っている内容ばかりを語ることがあるのです。
その語る話の中から「主観的な解釈そのもの」に着目し、支援者との共同作業で新たな物語を再編集することにより、クライエントの状態は大きく改善されると言われています。
「クライエントの言葉に耳を傾ける」という意味では、「従来の心理療法」と「ナラティヴ・アプローチ」は同じです。
しかし、クライエントの「客観的な事実」に着目するのか、クライエントの「主観的な解釈」に着目するのかという点で、大きく異なってきます。
ナラティヴ・アプローチと社会構成主義の関係
「ナラティヴ・アプローチ」は「社会構成主義」という考え方に基づいています。
「社会構築主義」とは、人間関係が現実を作るという考え方。現実の社会現象や社会に存在する事実・実態・意味とは、個人の頭の中で作られるものではなく、人々の交渉の帰結であると考え、言語的に構築されるという社会学の立場。
なんだか、ちょっとわかりにくいよね…
では、例をあげて考えてみましょう。
このように、現実は「客観的な事実」によるものではなく「主観的な解釈」によって構成され、影響を受けて変わりうるものであることが「社会構成主義」の考え方です。
つまり「社会構成主義」の考え方を要約すると、「主観的な解釈によって社会が構成されている」と言えるでしょう。
「ナラティヴ・アプローチ」も同じように、「『主観的な解釈』いわゆる『物語』によって社会が構成されている」という考え方を出発点としています。
「社会構成主義」は「ナラティヴ・アプローチ」の基礎理論なのです。
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ナラティヴ・アプローチの手法
「ナラティヴ・アプローチ」では、支援者(心理職などの専門家)がクライエントに対して一段上の立場に立つことはありません。
あくまでフラットな関係となるわね。
支援者は専門家として悩みや問題について助言・指導・判定したりせず、その人が語る物語を聞き、その人らしい解決法を一緒に見つけていきます。
基本的なナラティヴ・アプローチの手法については下記の通りとなります。
- ドミナント・ストーリーを聞く
- 問題を外在化する
- 反省的な質問をする
- ユニーク(例外的)な結果を見つける
- オルタナティヴ・ストーリーを構築していく
ここからは実際にわたしが生活相談員として経験した事例をもとにし、上記順番に沿って解説していきます。
ご自宅では、どんなご主人だったのですか?
家族を大切にしない夫でした。
父親らしいこともせず娘たちからも嫌われていました。
心配する気持ちにもなれません。
1.ドミナント・ストーリーを聞く
ドミナント・ストーリーとは、悩みを抱えているクライエントが「思い込んでいる物語」のことです。
クライエントは「執着」や「こだわり」にとらわれ、多くの場合が自分に否定的です。
その否定的な物語に支配され、「変えることができない」と信じ込んでいることも少なくありません。
この事例では、「家族を大切にしなかった夫」と思い込んでいることがドミナントストーリーにあたります。
「ナラティヴ・アプローチ」では、ドミナント・ストーリーをまったく別の物語(オルタナティヴ・ストーリー)で再編集することを目標に、まずは悩みを抱えているクライエントの話をじっくりと聞きます。
悩みを抱えている妻は「自分が夫に対して、なぜ家族を大切にしなかったという感情を抱いているのか」を打ち明けるでしょう。
クライエントの話を先入観なくじっくりと聞くことで、どこに「思い込み」「執着」「こだわり」があるのかといったドミナント・ストーリーが見えてきます。
2.問題を外在化する
次に行う「問題の外在化」とは、悩みを抱えているクライエントから悩みの原因となっている問題を引き離しながら言語化し、客観視できるようにすることです。
クライエントの多くは、自分の価値観や認知の歪み・偏りなどをもとに、ネガティブな感情や経験だけで物語を作り出してしまいます。
「病気の症状」「自分の性格」だけではなく、「周囲の環境因子」すらも自分の問題として捉えてしまい、「ダメな自分」「問題のある私」「私の責任」と語ることがあります。
これは問題が内在化されている状態と言えます。
その問題に「名前をつけてもらう」ことで、内在化している症状や問題などをクライエント自身と切り離して外在化します。
外在化により「自分=問題」という図式を離れ、問題の影響を客観的に考えることで、別の見方ができるようになります。
このお話に名前をつけると、どうなりますか?
そうですね。「家族を大切にしなかったダメ夫」ですかね。
3.反省的な質問をする
問題を抱えているクライエントに「だれが?」「どのような出来事か?」「どのような経験」が関与しているのか?」を質問し、一緒に考えていきます。
「家族を大切にしていなかった」と思わせたのは、どのような出来事ですか?
女性にもだらしない人で、家に戻らないことも多くありました。
ダメ夫とは、具体的にどのような場面で感じたのですか?
酒を飲むと怒りやすくなって、娘に手を挙げたこともありました。
4.例外的な(ユニーク)結果を見つける
悩んでいるクライエントが質問に答えるなかで、ドミナント・ストーリー(思い込みの物語)とは異なる例外的(ユニーク)と思える結果が出てくることがあります。
支援者はその例外的(ユニーク)な結果を発見した際には、反省的質問を重ねながら聞き出し、結果を補強していきます。
仕事だけは休まないで行ってくれました。
おかげでお金には不自由したことはありませんでした。
娘たちが小さい頃は運動会や発表会など、学校の行事には必ず来てくれました。
家族をまったく大切にしていなかったわけではなさそうですね。
5.オルタナティヴ・ストーリーを構築していく
オルタナティヴとは「もうひとつの」「代替」などを意味します。
発見された例外的(ユニーク)な結果をもとに新しい意味づけを行い、ドミナント・ストーリーに変わる新たなストーリーをクライエントと一緒に再構築します。
仕事を休まなかったり、学校の行事にも来てくれるということは、家族を大切に思われていたのではないですか?
言われてみれば、そうかもしれないわね。根っからの悪人はいないって言うしね。
ナラティヴ・アプローチによる人生会議(ACP:アドバンス・ケア・プランニング)
みなさんは「人生会議(ACP:アドバンス・ケア・プランニング)」という言葉をご存じでしょうか?
「人生会議(ACP:アドバンス・ケア・プランニング)」とは、もしもの時のために、人生の最終段階について家族等や医療・ケアチームと本人が、望む医療やケアについて前もって考え、繰り返し話し合うプロセスのことであり、厚生労働省により普及・啓発されています。
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すでにお気づきの方も多くいらっしゃるかもしれませんが、これまでの事例は「人生会議(ACP:アドバンス・ケア・プランニング)」の場面で活用された「ナラティヴ・アプローチ」です。
人生の最終段階において、ドミナント・ストーリー(家族を大切にしなかったダメ夫)をオルタナティヴ・ストーリー(家族を大切にする一面もあった優しい夫)へと再編集し、心の折り合いをつけるきっかけ作りを行ったのです。
つまり「ナラティヴ・アプローチ」は、「人生会議(ACP:アドバンス・ケア・プランニング)」の場面においても応用できると言えるのです。
その他にも「ナラティヴ・アプローチ」は、さまざまなビジネスの場においても、応用が可能だよ。
先輩・上司・部下との関係性の構築においても、活用できるかしら?
まとめ
- 新たなストーリーを再構築できる
- 価値観や意思が明確になる
- 対話が重視できる
- 周囲を巻き込むるきっかけが生まれる
- 人間関係の活性化に繋がる(ご本人・家族・他職種・その他関係者など)
- 満足感が得られる
- ポジティブになれる
- 心の折り合いがつく
「ナラティヴ・アプローチ」とは「討論」「説得」ではなく「対話」です。
フラットな関係で解決法を一緒に見つけ、新たなストーリーを再構築する中で、悩みや問題の解決を目指す手法なのです。
「ナラティヴ・アプローチ」が生まれたのは、支援者がアドバイスする心理療法やカウンセリングのあり方に、専門職たちが限界を感じていたからだと言われています。
価値観が多様化している現代において「その人にとって最も良い解決策」は、クライエント本人にしかわかりません。
つまり支援者が専門性を手放し、クライエント本人にとっての「最善」を引き出すことができる「ナラティヴ・アプローチ」は、今の時代らしい手法なのかも。
最後までご覧いただき、ありがとうございました。
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